東北大震災から15年。初心に帰り、描く「FEC自給圏」への道
1. 「環境」への想いから始まった、ライフワークの発見
私の仕事の原点は、1993年に遡ります。当時はまだ「大量生産・大量廃棄」が当たり前の時代。古くなったエアコンを買い替えてもらうのが仕事でしたが、「これでは環境に良くない」と一念発起し、洗浄して機能を回復させるエアコンクリーニングからスタートしました。
そんなある日、屋根の上で太陽光パネルを設置する光景に出会います。
- 自然の光で電気を作る
- 音も煙も出さないクリーンさ
- 停電時、大切な命(赤ちゃんや病身の方、ペット)を守る力
「これこそが自分の人生をかけるべき仕事だ」と直感し、太陽光発電の普及をライフワークに定めたのです。
2. 震災の爪痕と、歪められた「エコ」への葛藤
15年前の今日、東日本大震災が発生しました。福島の事故により再生可能エネルギーへの転換は急務となりましたが、そこで始まった「固定価格買い取り制度(FIT)」は、私の理想とは違う方向へ世の中を動かしました。
「環境のため」だった太陽光が、いつしか「儲けのため」の手段になり、山を削り、畑を壊してメガソーラーが乱立する光景が広がりました。
「それは、本当の環境保護なのか?」
私はそのブームには乗りませんでした。周囲が急成長する中で、あえて住宅の屋根にコツコツと設置し続ける「小さく、意義のある仕事」を守り抜いたのです。結果として、ブームに頼った業者が去った今も、私たちは30年前の理念そのままに、持続可能な社会を目指し続けています。
3. 「マンボウ」が産む、次世代への小さな卵
弊社の名前「マンボウ・サービス」には、**「萬(よろず)の望みを満たす」**という願いが込められています。魚のマンボウは泳ぎが不器用ですが、数億もの卵を産みます。私も、小さくてもいいから次世代へつながる種をたくさんまいていきたい。
その集大成が、FEC(フード・エネルギー・ケア)共生圏です。 2026年の今年、私は鹿児島県姶良市蒲生町で、一つの実験を成功させます。
- 1,000平方メートルの古民家と畑
- 中古パネルを活用したエネルギー管理
- 井戸水と無農薬によるバナナ栽培
大分の農園で感じた、あの酸素たっぷりの「生命の波動」を、誰もが自宅で味わえるようにしたい。ネットでつながり、月に一度は顔を合わせ、志を同じくする仲間と語り合う。そんな「心の時代」を形にするのが、67歳を迎える私の最後の恩返しです。
結びに代えて:感謝を込めて
「これからは物の時代ではなく、心の時代」。30数年前に出会ったこの言葉が、ようやく現実になろうとしています。
今日まで支えてくれた家族、先祖、社員、そしてお客様。すべての方々に心から感謝し、私はこれからも「初心」を忘れず、持続可能な社会のために一歩ずつ歩んでまいります。
鹿児島で太陽光発電を検討する際には、
日照条件だけでなく、屋根の形状や向き、
ご家庭ごとの電気の使い方を踏まえて考えることが大切です。当社では、鹿児島の気候や住宅事情を踏まえ、
「我が家に合うかどうか」から確認できるご提案を行っています。
鹿児島で太陽光発電を検討中の方へ
鹿児島県内の地域ごとの特性や導入ポイントは、 鹿児島 太陽光発電 総合ページ で詳しく解説しています。


